多層プリント基板の3Dプリンター ドラゴンフライ2020の秘密
現代の電子機器に必須の部品、電子機器の心臓部ともいえるのがプリント基板だ。その機械を動かすための電子回路が描かれ、無数の電子部品がはんだ付けしてある。このプリント基板、極薄化と極小化が著しく現代のエレクトロニクスでは、心臓部であるプリント基板も大いなる進化を遂げている。
一枚の基板に超複雑で膨大な電子回路をえがくためには到底一枚では足りず、また同時に製品そのものが薄く小さくコンパクトになっていることから、なるべく小さく基板を作らなければならない。こうした状況から作り出されたのが多層プリント基板である。一見すると一枚に見えながら内部は何層にも渡って電子回路が構築され、コンパクトな1枚ながら高性能な機能を持つ。家電製品やさまざまな電化製品には製品の形状をカタチ作る筐体も重要だが、それ以前に多層プリント基板も重要である。
そんな多層プリント基板も製品開発の現場では、いきなり作られることはなく、当然試作品を作り、検証と改良が必要だ。通常、プリント基板を試作、製造する場合には基板メーカーなどに電子回路データを渡し作ってもらうことになる。当然のことながらプリント基板の試作は費用も馬鹿にぬらず同時にそれなりのコストもかかる。
また、単純な1枚ものの基板ではなく、何層にも及ぶ多層プリント基板なら尚更のことだ。そのような中、一躍期待されるのが、多層プリント基板をオンデマンドで作ることができる3Dプリンターの開発だ。たびたびご紹介してきたNano Dimensionだ。イスラエルの首都テルアビブで2012年に創業した同社はイスラエル証券取引所に上場、1200万ドルにも及ぶ多額の資金を集め、アメリカ市場にも米国預託証券(ADR)の取引市場であるOTCQX市場で取引を開始している。
同社がこれほどの資金調達に成功している背景には彼らの多層プリント基板の3Dプリンター、ドラゴンフライ2020の独自技術による。因みにエレクトロニクスの製造ははんだ付けの実装工程だけではなく、プリント基板や電子部品そのものの精密さ、高性能さも求められる。そのため、いくらプロトタイプとは言え、電子機器として機能させるためにはしっかりとした精度が求められるのである。
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独自インクジェット製法の特許技術で高精度なプリント基板の生成が可能
Nano Dimensionのオンデマンドの多層プリント基板専用プリンター、ドラゴンフライ2020には、高精度な導電性の銀ナノインクが使用されている。今回明らかになったのは、この導電性銀ナノインクを使用管理する技術でプリントヘッドのインク循環と冷却のためのユニークなシステムである。この独自プリントシステムは今年2015年2月に特許申請されたもので、大幅にドラゴンフライ2020の性能を向上させるもの。
具体的には印刷処理の効率を向上させ、さらには未使用の導電性インクが精密な状態で保存されるようになる。基本的なドラゴンフライ2020の製法は、インクジェット方式により多層プリント基板を生成するが、今回の特許技術は、安定した温度管理を保ちながら、同時に導電性インクを保存せるメインタンクをクリーニングする技術とのことで、具体的な機能として、インクジェットプリント、洗浄、吸引といった異なる3つのモードを切り替えできる技術になる。下記の動画は洗浄モードを映したもので、この機能により、常にクリーンで高精度なプリント基板の製造を可能にする。
市場最高レベルの導電率と柔軟性フレキシブルプリント基板に対応
また、今回の特許技術と同時に多層プリント基板を生成する導電性銀ナノインクAgCite™ラインの性能についても明らかにされた。一般的に電気を通す機能を持つ物資は金属だけだか、その中でも銀や金の導電効率は最も高いとされる。通常は金や銀は相場によって価格が変わり尚且つ高額であるため銅が主流だが、Nano Dimensionは独自製法による高電導な銀ナノ粒子インクの研究開発に力を注いでいる。
Nano Dimensionのドラゴンフライ2020専用銀ナノインクAgCite™ラインは、専門のインク研究所で研究と生産が行われ、現在市場においても最高の導電率とされる35,700,000 S/mを達成している。また、純粋な銀の粒子を10から100ナノメートルサイズで抽出することが可能で、エンドユーザーの要望に応じて、銀ナノ粒子のサイズや形状をカスタマイズしコントロールすることが可能となる。
また、Nano Dimensionは、この高導電率をほこる銀ナノインクと同時に誘電体インクの開発も行っていることを発表した。誘電体とは、電気を通さない絶縁体の役割を果たし、電子機器の絶縁材料や電子部品の絶縁膜などで使用される物質。電子回路が正しく機能するためには、電子回路が描かれる素材自体も超重要で、干渉性や密着性、可燃性といったさまざまな要素も適切に生成されなければならない。
そのためNano Dimensionは電子回路自体を生成する導電性インク以外に、それ以外のプリント基板を形成する絶縁材料の開発にも相当な力を入れている。彼らが開発する誘電体材料はエポキシ樹脂ベースのナノエポキシ絶縁誘電体材料と言われるもので、硬い剛性のプリント基板だけではなく柔軟性のあるフレキシブル基板の生成にも対応するようだ。
プリント基板の開発コストとリードタイムを大幅に削減する
今回初めてNano Dimensionの多層プリント基板を生成する独自技術について発表されたが、驚く程高性能な取り組みであることが明らかになった。この独自の銀ナノ粒子のインクジェットインクの技術は、イスラエルのヘブライ大学から独占的にNano Dimensionがライセンスしているもので、画期的な湿式化学プロセスに基づいたものだという。
現在、母国であるイスラエルとアメリカ市場において上場し、本格的に市場にドラゴンフライ2020を供給する準備を行っているが、実際にこのマシーンが導入されれば、多層プリント基板の生産にとって驚くほどの影響を与える事になるだろう。これによりエレクトロニクスの製品開発が飛躍的にスピードアップすることになる。
例えば、現在の3Dプリンターと同じように、電子機器のプロトタイプなどでもコスト面、リードタイム両方の側面から、ドラゴンフライ2020を使用すれば圧倒的にスピードアップすることになる。実際にプリント基板を基板メーカーに発注した場合、最短でも1週間から2週間ほど、場合によってはもっとかかる場合がある。また、最初のテスト基板でも内容にもよるが数枚で数万円から数十万円になる。しかし、ドラゴンフライ2020で行えば材料コストだけで済むし、その日にテスト基板が手に入るというわけだ。
エレクトロニクス製品のデザインまで変える可能性
また、こうした多層プリント基板の3Dプリンターは、コスト面以外でも変革をもたらすかもしれない。前述した通りNano Dimensionの開発する絶縁材料は柔軟性のあるフレキシブル基板にも対応出来るとのことで、これが可能になれば、従来の硬い形状に縛られることなく、基板自体の形状も大きく変えることが出来るかも知れない。
このことは、単なる機能面だけではなくエレクトロニクス製品のデザイン自体も変革する可能性を秘めている。例えば、通常家電製品など電子機器の製品開発を行う場合、「外側の筐体は内部のメカニックの形状に合わせなければならない」といった考え方がエレクトロニクスのものづくりでは支配的だ。
仮に、ある電子機器の製品をリニューアルする場合、内部のエンジニアリングの部分は極力変更したくないというのが、現場の製造レベルやエンジニアの発想ではないだろうか。というのもデザインを一新し筐体の形状を変更してしまうと、内部の基板や電子部品の配置も変えなければならず、その度に設計や電子部品の検証チェックを行わなければならない。極力こうした手間は抑えたいものだし、またデザインに合わせて内部のメカニックを変更した結果、不具合が生じた場合の責任回避という意味あいもあるだろう。
しかし、Nano Dimensionのようにプリント基板の形状まで自由に変えることができれば、製品のデザインに内部のメカニックを合わせるといったスティーブジョブズが率いたアップルのようなものづくりが可能になるかもしれない。また、同時に3Dプリンターで外部の筐体なども作ることができれば、それこそ金型を作り直す必要はなく内部の基板も製品デザインも自由な発想度が増す。このようにNano Dimensionはエレクトロニクスのデザインすらも変革する可能性を秘めていると言えるだろう。
まとめ 多層プリント基板の3Dプリンターの影響。完全なる製造革命
現在、ストラタシスの3Dプリンターのように、最終品レベルの物体がデジタルデータからダイレクトに製造できるようになることでサプライチェーンの変革が起きようとしている。すなわちデジタルデータからのダイレクト製造、ダイレクト・デジタル・マニュファクチャリング(通称DDM)の影響は、ものづくりのあらゆる分野にまで影響を与え始めている。
前述のデザインの変革しかり、サプライチェーンの変革然りだ。そして今、これに加えて、エレクトロニクス製品の心臓部分であるプリント基板のオンデマンド製造が加わろうとしている。Nano Dimensionのような多層プリント基板のオンデマンド製造が、FDM 3Dプリンターのように最終品レベルまで製造できるようになれば、もはやどこにいても、クラウドと3Dプリンターを介してプロダクトを生成することができてしまう時代になるだろう。
また、それと同時にアイデアから形にする速度を飛躍的に高め、世の中にインパクトを与える新たな製品の登場を促進することとなる。これからの時代のものづくりは、エレクトロニクスのデジタル製造が登場して初めて完全となるのかもしれない。
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